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横浜地方裁判所 昭和57年(わ)2588号 判決

主文

被告人を禁錮六月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五六年六月二九日午後一〇時一五分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、鎌倉市腰越一一七一番地先道路を、大船方面から江ノ島方面に向かい進行するにあたり、同所は最高速度が四〇キロメートル毎時と指定された左方に湾曲した道路であるから、適宜速度を調節して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、時速約一一〇キロメートルの高速度で進行した過失により、走行の自由を失い、自車を左回転させつつ右斜横に暴走させその右側後部を道路左端の街路灯柱に激突させ、よって、自車同乗者A(当二〇年)に対し加療約三週間を要する頭部・顔面挫傷兼擦過傷等の、同B子(当一七年)に対し加療約九か月間を要する脳挫傷、右上腕骨骨折等の、同C(当一七年)に対し加療約一二日間を要する外傷性脳腫張、右鎖骨骨折の各傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

被告人及び弁護人は、被告人は本件事故車に同乗していたことは認めるも被告人が運転していた記憶はなく、同乗中のAが運転していた疑いがあるので被告人は無罪である旨主張する。そこで、以下この点について補足して説明を加える。

前掲各証拠を総合すれば、本件事故に至るまでの経緯は、昭和五六年六月二九日午後八時四五分ころ、被告人が当時アルバイトとして勤務していた鎌倉市《番地省略》所在レストラン甲野で当時被告人と同様アルバイトとして勤務中のM子ことB子(昭和五七年一二月一日婚姻してN姓となる。)同Cと勤務中、友人を送ってから同日午後一〇時ころ来訪した同年五月末ころまで同店アルバイトとして勤務したことのあるAと江ノ島方面へドライブすることになり、A運転のA所有の普通乗用自動車トヨタセリカA二二型に右四人が同乗して出発し、その際被告人は自己所有の普通乗用自動車をいったんAのマンションへ移動させ、その後自車に貼布してあった初心者マーク二枚を剥がし、手に持ってA運転の前記自動車に乗りこみ甲野から約四五〇メートル離れた鎌倉市笛田《番地省略》乙山ハイツに立寄り、同所でB子が一時下車して、その折Aがトランク内の不要の自動車部品を道路脇に捨て、被告人が初心者マーク一枚をトランク蓋に貼布したものの、Aの体裁悪いとの意見で、被告人がとりはずし、その後B子乗車後発進し、鎌倉市津一三二一番一号ロイヤルホスト前でAに促がされて運転を交替し、被告人が運転席につき、被告人はAより身長が高いので、運転席のシートを約四センチメートル後方に移動させ、本件に至ったこと、そして、本件事故当時現場道路は制限最高速度が時速四〇キロメートルで進行方向左方に湾曲した道路であったから自動車運転者としては判示の注意義務があるのにこれを怠り、時速約一一〇キロメートルの高速で進行した過失により、走行の自由を失い、別紙のように自車を左回転させつつ、右側に車体を傾けつつ車体左側を浮上するような状態で右側横に暴走させ、自車右側後部付近を自車進行方向左端の街路灯柱に激突させ、助手席のA及び自己を運転席ドアから車外に放出させ、A及び後部座席のB子、Cらに対し判示のとおりの傷害を負わせたことの各事実を認めることができる。

右経緯及び特に被告人が本件事故車を運転していたことについては、前掲各証拠によれば、本件事故当時事故車両のボンネット上に初心者マークが貼布されていたが、当時Aは右マークの貼布義務はなく、これを貼布することを嫌っていたこと、被告人はこのマークを貼布して運転する予定で自車から剥がして所持していたこと、事故後の事故車の運転席シートの位置がAの通常運転時より約四センチメートル後方であったこと(なお、被告人の身長は一六六センチメートル、Aの身長は一六三センチメートルである)、事故当時の事故車の乗車位置については、Aが助手席、Cが後部座席の助手席後部、B子が運転席後部であったこと(後部座席のB子とCの位置を除いてA供述とB子供述は一致している。)、同乗者の各人の傷害の程度は被告人が右耳後部挫傷及び右頬擦過傷、右側頭部(右目尻上部)に脳挫傷を伴う頭蓋骨陥没骨折で、Aは加療三週間を要する頭部、顔面挫傷兼擦過傷であり、また、B子が加療九か月間を要する脳挫傷、右上腕骨骨折、Cが加療一二日間を要する外傷性脳腫張、右鎖骨骨折であり、これに運転席上のフロントガラスの枠から三三センチメートル、運転席外枠から一八センチメートルの個所にAの頭髪が付着していた事実及び運転席後部座席に被告人所有の眼鏡があり、運転席下には被告人着用の靴片方が存在していた事実と本件事故時の際の別紙の車体の移動の状況とを総合すると、事故車右側に乗車していたB子の傷害の程度が重いことと相俟って、被告人の前記受傷のうち、右耳後部挫傷、右頭蓋骨骨折は、窓枠等に強打・激突させて生じたもの、右頬擦過傷はガラスにより生じたものと推定できるが、Aについては街路灯に衝突した際の衝撃により運転席上部に頭部を擦るようにして打ちつけて運転席ドアから車外へ放り出されたものと推定できることによって、その証明は十分である。さらに、右認定事実は、B子が本件事故後友人のD子と被告人に対し謝罪を求めていること、Aは、昭和六〇年一月九日本件につき、自己が「白」であるのに被告人の父から上申書や覚え書を半強制的に書かされ、「もう待てない。」との趣旨の遺書を遺して自殺したことなどの事実に徴しても十分首肯できるものである。

これに対し、第三一回ないし第三三回公判調書中の各証人Eの供述部分中には、本件街路灯に事故車が衝突時縁石に乗り上げ、その際の上下動により運転手が跳ね上がり運転席上部に頭を打ちつけたものであるから、運転席上部に残存していた毛髪がAのものと認定できる以上、運転者はAである旨の部分があるが、前掲証拠によれば、本件現場縁石上には右後輪部〇・九メートルのこすれ痕、右前輪部一・六メートルのコーナリング痕が残存していることから事故車が飛び上がり現象を惹起したとは推定できず、また、前記認定の各事実と対比しても採用できない。また、被告人は、当公判廷において本件事故車についてロイヤルホスト付近でAと運転を交替した記憶はないし、事故前に助手席でリクライニングシートを倒していた記憶がある旨終始供述しているが、前掲各証拠に対比してとうてい措信できないのみならず、特に前記事故直後の写真撮影報告書添付の写真によっても助手席のリクライニングシートは倒されていないし、被告人の捜査段階の供述では、被告人が記憶を回復した(記憶回復は昭和五六年一二月ころである)直後の右一月二一日付供述調書では場所は判らないが初心者マークをつけたことは覚えている、しかし、その後の記憶はない、しかし状況からみて自己が運転していたものと思う旨述べていたのが、昭和五七年六月一〇日の検察官に対する供述調書において、「交差点を曲って少し行ったところでシートを少しリクライニングした記憶がある。」と述べ、同年九月二二日検察官に対する供述調書において「リクライニングしたことを思い出したのは今年の三月中ごろでした。それまでそのような事があったような気がしていたのですが、幕がかかっていたような記憶でしたので、警察官に言いませんでした。」と釈明しているが、法廷では九月ころに記憶を取り戻して翌年(昭五七年)一月ころ警察でもその旨供述したのに調書にしてもらえなかった旨供述して一貫性がなく、被告人の如く意識不明の期間が約一か月近い場合には逆行性健忘性が継続し、記銘力不良で作話症を呈し、公判が進行するに従い、次第に事故の経緯が詳細に述べられることは医学的に当然の症状であること(鑑定人律田征郎作成の鑑定書)とも併せ考慮するととうてい措信できない。

したがって、以上のとおり弁護人及び被告人の右主張は失当である。

(法令の適用)

被告人の判示A、B子、Cに対する各所為はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するが、右は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として最も重いB子に対する業務上過失傷害罪の刑で処断し、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部これを被告人に負担させることにする。

(量刑の事情)

本件は、判示のとおり湾曲した道路を高速で進行して走行の自由を失って惹起した事案であるが、その過失の態様は、自動車運転者として基本的注意義務に違反し悪質であること、その結果同乗者三名に判示の傷害を負わせたこと、被告人も頭部外傷等の傷害をうけて意識不明となり、約一か月半入院したこともあって当初本件事故につき記憶が戻らなかったこともあったが、捜査段階の初期において客観的状況から自己の責任を認めるかの如き供述をしたものの、その後の捜査、公判を通じて否認を続け、法廷外においては被害者であるAに対し父親を介して損害賠償請求権を放棄する旨の覚書を書かせるなど自己の責任をAに転嫁するが如き言動を示し、これも一因となってAが自殺に至るなどその言動は道義上も許し難いこと、また、これまで事故後約七年を経過しても被害者らに対し何らの慰謝の措置を講じていないこと、さらに、被告人は本件事故後酒気帯び運転及び業務上過失傷害の罪で罰金刑に処せられていること等を考慮すると、被告人も本件事故により前記傷害を負って当初記憶を喪っていたものであること、本件被害者らは被告人の当時の勤務先の同僚ないし勤務先を通じた友人で、被害者Aの乗用車でドライブ中であったこと、被告人には前記罰金刑に処せられたことが一回あるが他に前科のないこと、被告人は本件当時一九才の少年であったことなど被告人にとって有利な諸情状を斟酌しても、主文掲記の実刑に処せざるを得ない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸田初雄)

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